文フリ京都の前日に行った京都観光のお話です。
 前回の記事で「京都観光中に怪現象に出会った」などと書いて、期待をさせてしまった方も多いのではないかと思いますが(そうでもない?)、本当にそんなにたいしたことは起きていませんのでがっかりさせてしまったらすみません。

 1月20日(土)、当初はお昼前に京都につく予定だったのですが寝坊したため、ゆっくり行きました。
 京都到着後、嵐電を利用して太秦あたりを観光しました。

(1)車折神社

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 願いごとが叶う石が入った「祈念神石」のお守りがもらえる神社です。
 参拝手順も書いてあって、かなり本格的です。

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 私は数年前、資格試験の合格をこちらの神社の「祈念神石」にお願いして無事に合格したことがあります。しかも、試験本番で問題文を読み間違えるという致命的なミスを犯したにも関わらずなぜか合格していました。
 神様の力はすごいなぁと思い、それ以来、車折神社の神様には畏敬の念を抱いています。
 願いが叶うと、自分で拾った石に「礼」とか「ありがとうございました」と書き、お守りと一緒に神社にお返しすることになっています。私も試験合格の後、河原で拾った石とお守りを郵送で車折神社さんにお送りした覚えがあります。
 境内にも、願いの叶った人たちが奉納した石が積みあがっていて壮観です。

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 さてさて、今回の私のお願いはなんだったか?
 それはズバリ「今書いてる小説が無事に完結しますように」ということです。
 無事に新刊が出せたら、また車折神社にお礼も兼ねてお参りにこようと思います。

 車折神社の境内には末社もたくさんあり、見応えがあります。

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 こちらの弁天様にはお賽銭だけではなく、手水から汲んだ水を奉納する「献水」を行いお参りをします。
 写真には撮れませんでしたが、弁天社前に小さな人工の池があって、桶に汲んだ水をその池に注ぎ込んで参拝するのです。
 水の神様という側面が強く感じられます。

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 あと、境内には清少納言を祀った神社もありました。
 これは文芸運が上がっちゃう神社じゃないですか!
 かなり本気で拝みました。

 他には、有名な末社として芸能神社もあります。清少納言社のお向かいでした。
 芸事の神様であるアメノウズメが祀られた神社で、芸能人や芸術関係者がよく参拝に来るようです。社をぐるりと取り巻いた赤い玉垣にはたくさんの名前が書かれており、その中には私でも知っている有名人の名前もちらほら見られました。

 車折神社参拝後は10分ほど歩いてサルーコーヒーさんに寄りました。
 https://www.sarutcoffee.com/
 おしゃれなお店でメニューには本当に珈琲しかありません。店内はこじんまりしていますが、珈琲の焙煎が間近に見られ、とても落ち着く空気が流れていました。
 本当に「珈琲一筋」という感じの硬派なお店で、とても美味しい珈琲を味わえます。

(2)蛇塚古墳
 嵐電沿いにのんびり歩き、帷子ノ辻駅まで行きました。駅前から続く大映商店街を散策しながら、蛇塚古墳という遺跡を探します。
 蛇塚古墳は本当に住宅街のど真ん中にあって、方向音痴の私は探すのに苦労しました。ぐーぐるまっぷのありがたさを噛みしめました。

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 蛇塚古墳は七世紀頃に造られた巨大古墳の遺構です。現在は石室のみが残っています。太秦の土地を開発したのは古代豪族の秦氏ですが、この古墳も秦氏に関係するものと考えられているようです。
 石室だけ、と言っても実際に見てみるとかなり大きな遺跡でした。威圧感を感じます。そしてこの巨大な遺跡が住宅街の中にどどん!と出現するのはかなり驚きであり、感激であり、「これが京都か!」という感慨が沸き上がります。
 遺跡は鉄筋で一部が補強されており、石室の中まで見ることができます。

 石室の奥も写真に撮ろうと思い、私が屈み込んでスマホを石室内に向けていた時のことです。いきなりスマホからパシャシャシャ! と音がなり、連写モードでが撮影されました。画面はタップしていないつもりだったのでびっくりしました。
 まぁ、実際は触ってないつもりで自分でうっかりタップしてたんでしょうから多分全然「怪現象」ではないですね(ちなみに撮影ボタンを長押しすると連写できます)。
 でも一応、その時撮れた写真は削除しました。
 大昔の遺跡とはいえ、石室は故人が眠っておられた場所ですから興味本位で撮影などするのは良くない、ということなのじゃないかと思ったからです。

(3)大酒神社
 さらに嵐電沿線をウォーキング。太秦広隆寺駅近くの大酒神社に行きました。
 日もどんどん暮れて夜が近づいてきます。

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 ちなみに夕刻だったため、広隆寺は閉まっていて入れませんでした。

 大酒神社は、聖徳太子に仕えた秦河勝を祀る神社です。もともとは秦氏の氏寺である広隆寺境内にあったらしいのですが神仏分離によって移転させられたようです。
 秦河勝は殖産興業の神様でもありますが、「摩多羅神」という祟り神とも同一視されています。秦河勝が赤穂の坂越という地に流され、死後、祟り神になったという伝説があるから、らしいです。
 オカルト的なロマンを感じますね。

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 夕暮れの境内は薄暗く、参拝者は私しかおらず深閑とした感じだったので、ちょっと怪しげな雰囲気を満喫することができました。

 観光日記は以上!!

 文フリの次の日は宇治で観光したのでそのことも書こうかと思いましたが、めんどくさくなってきたので、とりあえずここで切ります。
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タイトルのまんまです。
といっても、今年の三月あたりまでは去年の積ん読を読んでおり、今年買った本の積ん読も100冊を超えているので「今年買って今年読んだ本」はそれほど多くないように思います。
その一方で、「心に残った本」は本当にたくさんあって、5冊に絞ってしまうのは心苦しくもあり、悩みどころでもありました。
しかし悩んだ末に選んだ以下5冊の本は私の中に大切な物語を与えてくれたものです。
そして、他の方に是非おすすめしたい本でもあります。
イベントでのお買い物、読書のご参考になれば幸いです。
なお、以下の紹介はだいたい読んだ順となっています。また、感想文はツイッターの感想ツイートをもとにして書いています。

「旅人は地圖を持たない」
作者:小町紗良さん
サークル:少女こなごなと愉快な道連れ
買ったイベント:静岡文学マルシェ

地図なし


アコーディオンの弾き語りで日銭を稼ぐ元気な女の子と、呪いで骸骨の姿に変えられてしまった青年の旅物語。
カラッと明るい雰囲気だけど、ところどころで胸を締め付けるような哀愁を感じる、クールな連作短編のファンタジー。
短編のタイトルがそれぞれアコーディオン曲の曲名で、作品中でヒロインのカルロッタちゃんが弾いています。曲を聴きながら読むとまた味わい深い。
骸骨青年のチェザーレ君が飄々としてて渋かっこいいんですよ。「スタイルミュゼット」のチェザーレ君、ほんと萌え禿げるレベルでかっこいいからみんな読んでくれ!


「朦朧國彷徨記」
作者:火野ナガヨさん
サークル:紬堂文庫
買ったイベント:静岡文学マルシェ

朦朧

電車の中で激しい頭痛に襲われた主人公が、ふと気がつくと不可思議な夢の世界に迷い込んでしまっている、という幻想的な物語。
年齢や性別すらあやふやに変化しながら、主人公は無くした自分の名前を探し求めなくてはならない、その不安感がとても恐ろしいとともに、不思議な異形の蠢く世界に懐かしさと心地よさを感じました。
くらくらするような夢の迷宮をどこまでも彷徨い歩く不可思議さがクセになる、とても美しい幻想小説です。


「さんた・るちやによる十三秒間の福音」
作者:唐橋史さん
サークル:史文庫
買ったイベント:第24回文学フリマ東京

さんたるちや

骨太で本格的な歴史小説を沢山書かれている唐橋史さんの短編小説集です。
表題作「さんた・るちやによる十三秒間の福音」は江戸時代初期の壮絶なキリシタン弾圧の情景がリアルに描かれたお話です。時代の空気が血の匂いと一緒にぐわっと迫ってくる迫力があります。平安時代の平重衡の刑死を描いた「或る罪人の死」も合わせて、生と死が間近に隣り合っていた時代がかつて確かにあったであろうことを感じました。
また、幕末の江戸を描いた「smile」という作品は、時代の移り変わりの残酷さに翻弄されながらも笑顔で生きる市井の人々の力強さが感じられるお話でした。


「DAMMED THING VOL.1」
作者:河野真也さん、江川太洋さん
サークル:WORLD BEANS
買ったイベント:文学フリマ岩手

だむど

アメリカの怪奇幻想小説専門パルプ誌「ウィアード・テールズ」の日本版を目指して創られたというホラー小説の合同誌です(「ウィアード・テールズ」については私はこの本をきっかけに初めて知りました)。
テーマは「怪物」。しかし、二作とも「怪物」の現れ方がひねられていて面白いです。
河野真也さんの「やまびこ」は、「あちらの世界」から呼びかける「声」に憑かれてしまう、日常を徐々に侵蝕する得体の知れない狂気を描いたお話でした。また、「犬と老人」は、山奥の自動車解体工場で働く警備員の男の恐怖体験にまつわるお話で、生理的不快感をこれでもかというくらい脳内に注入される凄まじさがあります。
どちらのお話もとても怖く、両作品とも味わいは違えども、終わりない狂気と悪夢の世界に誘ってくれるガチ怖ホラーでした。
ホラー好きな方には絶対におすすめしたい一冊です。


「魚たちのH2O」
作者:孤伏澤つたゐさん
サークル:ヨモツヘグイニナ
買ったイベント:第24回文学フリマ東京

魚たちのH2O

気の遠くなるような時間の果てに、進化と滅亡を繰り返しながらゆっくりと淘汰されていく人間達。それこそ海の水に溶けるように静かに滅びに向かっていく世界が悲しく、そして美しく、繊細に描かれています。海から隔絶されたH2Oを持ちながら海に焦がれ海へ向かう四人の少年達の姿が切なくて愛しくて、なぜかとても懐かしい気持ちになりました。
「あまりにも美しすぎて何も言えない」が読んだ直後の率直な感想でした。まさに「語彙力をなくす」ってやつですね。
明け方にとても幸せな夢を見て、目覚めて、その夢の余韻と夢が終わってしまったことの寂しさを布団の中で噛みしめている……あえて抽象的な表現をするなら、そんな感覚に近い読後感を与えてくれる物語でした。


他にもご紹介したい本はたくさんあるのですが、ひとまず以上の5冊の感想を持ちまして、今年の私の読書まとめとさせていただきます。
来年もたくさんの物語と出会えることが今からとても楽しみです。 

この一年間の自分の創作活動で感じたことのまとめです。
とても個人的な感想なので、あんま面白くないと思いますが。

<1月、2月>
・「赤目のおろく」を書く。
・「静岡文学マルシエ」に参加。

 昨年10月のテキレボで同人デビューし、すっかりこの世界にはまってしまいまして、テキレボの翌日に「静岡文学マルシェ」に参加申し込みをしました。
 そして、その後11月~1月の間に「赤目のおろく」を執筆。静マルに間に合わせることができました。今まで1万字前後の短編しか書いたことのなかった私にとっては、4万字の小説はかなり達成感がありました。
 また、製本にあたり同人活動歴の長い友人にフォトショの使い方を教えてもらい、その後の同人活動に大変役に立ちました。

おろく

「赤目のおろく」はいろんな意味で「自分」が出てしまっているので読み返す度に恥ずかしい思いをするのですが、今年の同人活動はこの本と一緒にいろんなイベントを巡ったので、結果的にとても思い入れの深い作品となりました。
 自分の作品を読み直すのは苦手なタイプなのですが、イベントが近づく度になんとか頑張って読み返しています。
 もし「赤目のおろく」をネットの投稿サイトにアップしていただけなら、私の性格だと、そのまま放置して読み返す機会はなかったと思います。
 本として手元にあり、それをイベントで誰かに手渡す。手渡すものだから、大切な思いと一緒にお渡ししたいから読み返す。
 こうした一連の流れから「自分の物語と真剣に向き合う」ということが初めて出来たような気がします。
 そして、ツイッターでも何度も呟いておりますが、今現在「赤目のおろく」の続編を執筆中です。「赤目のおろく」の執筆から一年、再び、自分の物語の中で英太郎や左之吉やお辰と出会えることに幸せを感じています。・・・・・・ちゃんと書き上げなくては。

<3~7月>
・スランプ期
・イベントにたくさん出る。
・ディズニー二次創作短編集「夢の音がきこえる」を製本。

 この期間、「赤目のおろく」に続いてまた長めの話を書いてやろうとして二作ほど執筆半ばでボツにしました。
 その一方で、ムーランの二次創作を二作ほど書き、そのうちの一作(「剣の記憶」)を過去のディズニー系の二次創作小説と合わせて短編集「夢の音がきこえる」をつくりました。
 私が小説を書き始めたきっかけがディズニー作品の二次創作ということもあり、この本も大変思い入れが深いです。

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 イベントは、テキレボ5(4月)、文フリ岩手(6月)、妖怪卸河岸(7月)、あまぶん(8月)に出ました。イベントの参加にだんだん慣れてきたり、顔なじみの方も増えてきたりでとにかく楽しかったです。

<8月>
・「うつろ祭りの海」をテキレボ公式アンソロに提出。

 アンソロテーマ「祭」に沿ったお話がなかなか考えつかず、一時はアンソロ参加は見送ろうかと思っていましたが、なんとか「うつろ祭りの海」を書けたことでスランプ期を脱せたように思います。
 ツイッター等で感想をたくさんいただけたこともモチベーションの追い風になりました。

<9月>
・「椿の海に眠れ」を執筆。

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「うつろ祭りの海」で「書く感覚」を掴めた気がしたので、その勢いに乗って書き上げた作品です。
 短いお話ですが「怪異を書く」ということを純粋に楽しめた作品でした。

<9~10月>
・「手児奈し思ほゆ」を執筆。

 テキレボ6の有志企画で「幼なじみ片思いMAP」をやることになったので、自分も幼なじみ片思い作品を書こうとしたのが執筆のきっかけです。結局テキレボには間に合わず、書き上げたのはテキレボの翌日でした。
「うつろ祭りの海」は虚ろ舟伝承を、「椿の海に眠れ」は千葉県東総地方に江戸時代まで存在した「椿の海」という湖にまつわる伝説を元にしていますが、「手児奈し思ほゆ」も千葉県市川市真間の手児奈伝説に基づいた物語です。
 伝説を下敷きにしている、という点で、私の中では「うつろ祭りの海」、「椿の海に眠れ」、「手児奈し思ほゆ」はなんとなくセットの三部作ってことになっています。

「手児奈し思ほゆ」はとても陰惨な物語です。手児奈伝説そのものが悲劇の美少女の悲しいお話なので、どうしてもダークな話にならざるを得ないのですが、書いていてほんとーに辛かったです。
 しかし、そんな辛い「手児奈し思ほゆ」の執筆を通して、私は「フィクションで悲劇を書く」ということに改めて向き合った気がします。
 ハッピーエンドの物語には、ハッピーエンドであることについての「理由」は要りません。登場人物が紆余曲折を経て幸せになることは作者も読者も嬉しいものでしょうから。
 でも、あえて「登場人物を不幸にする」という展開には、明確な理由、必然性が必要だと思います。なぜ彼らは、彼女らはこんなに悲しい目に遭わなくてはならないのか? それに対する明確な答えと覚悟を持った上で「悲劇」というものは書かれなくてはならない。「悲しい結末の方がストーリー的に映えるから」という理由で書くことは絶対にしたくない、と思いました。
 結果的に「手児奈し思ほゆ」という作品は「フィクションで悲劇を書く」ということに対する私なりのアンサーになったような気がします。

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「手児奈し思ほゆ」には、ひなたまりさんが美しいイラストの表紙を創ってくださいました。文フリ京都ではこちらの新装版を頒布しますのでお楽しみに!

<11~12月>

 上述したように「赤目のおろく」の続編のプロットをいじくり回したり書き始めたりしています。でも、改めて振り返ると、この二ヶ月大して書いていないし、書き上げた作品もないですね。不安になってきました。
 今年のスランプ期のこともあるので、長編を進めつつも短編小説はコンスタントに書いていったほうがよいかなぁと思ったりします。長編小説には憧れがありますが、今の時点ではやはり短編寄りの思考回路です。
 ネット上にもいろいろと短編向けのノベルコンテストがあったりするので、そういうのをモチベーションにして書いていけたらよいかも。

 今年一年、手探りながら同人活動をやってきて「スタンスが定まっている」「ブレない」との評をいただくことが何度かありました。
 自分では意識していないのですが、思い返してみると私が小説を書く時には「自分の文法」のようなものが私の中に存在していて、書きたいものがあっても「自分の文法」に沿わせた形にできないとどうしても書き上げられないんですよね。スランプ期にボツ作品が出てしまったのは、書きたいテーマを「自分の文法」にうまく合わせることができなかったからだと思います。
 逆をいうと、完成して他の方に読んでもらえる形にできた小説は全て「自分の文法」に沿って書かれたものなので、そのあたりを「ブレない」と言っていただけているのかなぁ、と。

「自分の文法」て自分で言っててめちゃくちゃ意味分からない言葉なんですが、ひざのうらはやお氏が提唱する「ごうがふかいな」と近似の概念なのかもしれません。

 以上、まとまりないですが、今年のまとめでした!