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タイトルのまんまです。
といっても、今年の三月あたりまでは去年の積ん読を読んでおり、今年買った本の積ん読も100冊を超えているので「今年買って今年読んだ本」はそれほど多くないように思います。
その一方で、「心に残った本」は本当にたくさんあって、5冊に絞ってしまうのは心苦しくもあり、悩みどころでもありました。
しかし悩んだ末に選んだ以下5冊の本は私の中に大切な物語を与えてくれたものです。
そして、他の方に是非おすすめしたい本でもあります。
イベントでのお買い物、読書のご参考になれば幸いです。
なお、以下の紹介はだいたい読んだ順となっています。また、感想文はツイッターの感想ツイートをもとにして書いています。

「旅人は地圖を持たない」
作者:小町紗良さん
サークル:少女こなごなと愉快な道連れ
買ったイベント:静岡文学マルシェ

地図なし


アコーディオンの弾き語りで日銭を稼ぐ元気な女の子と、呪いで骸骨の姿に変えられてしまった青年の旅物語。
カラッと明るい雰囲気だけど、ところどころで胸を締め付けるような哀愁を感じる、クールな連作短編のファンタジー。
短編のタイトルがそれぞれアコーディオン曲の曲名で、作品中でヒロインのカルロッタちゃんが弾いています。曲を聴きながら読むとまた味わい深い。
骸骨青年のチェザーレ君が飄々としてて渋かっこいいんですよ。「スタイルミュゼット」のチェザーレ君、ほんと萌え禿げるレベルでかっこいいからみんな読んでくれ!


「朦朧國彷徨記」
作者:火野ナガヨさん
サークル:紬堂文庫
買ったイベント:静岡文学マルシェ

朦朧

電車の中で激しい頭痛に襲われた主人公が、ふと気がつくと不可思議な夢の世界に迷い込んでしまっている、という幻想的な物語。
年齢や性別すらあやふやに変化しながら、主人公は無くした自分の名前を探し求めなくてはならない、その不安感がとても恐ろしいとともに、不思議な異形の蠢く世界に懐かしさと心地よさを感じました。
くらくらするような夢の迷宮をどこまでも彷徨い歩く不可思議さがクセになる、とても美しい幻想小説です。


「さんた・るちやによる十三秒間の福音」
作者:唐橋史さん
サークル:史文庫
買ったイベント:第24回文学フリマ東京

さんたるちや

骨太で本格的な歴史小説を沢山書かれている唐橋史さんの短編小説集です。
表題作「さんた・るちやによる十三秒間の福音」は江戸時代初期の壮絶なキリシタン弾圧の情景がリアルに描かれたお話です。時代の空気が血の匂いと一緒にぐわっと迫ってくる迫力があります。平安時代の平重衡の刑死を描いた「或る罪人の死」も合わせて、生と死が間近に隣り合っていた時代がかつて確かにあったであろうことを感じました。
また、幕末の江戸を描いた「smile」という作品は、時代の移り変わりの残酷さに翻弄されながらも笑顔で生きる市井の人々の力強さが感じられるお話でした。


「DAMMED THING VOL.1」
作者:河野真也さん、江川太洋さん
サークル:WORLD BEANS
買ったイベント:文学フリマ岩手

だむど

アメリカの怪奇幻想小説専門パルプ誌「ウィアード・テールズ」の日本版を目指して創られたというホラー小説の合同誌です(「ウィアード・テールズ」については私はこの本をきっかけに初めて知りました)。
テーマは「怪物」。しかし、二作とも「怪物」の現れ方がひねられていて面白いです。
河野真也さんの「やまびこ」は、「あちらの世界」から呼びかける「声」に憑かれてしまう、日常を徐々に侵蝕する得体の知れない狂気を描いたお話でした。また、「犬と老人」は、山奥の自動車解体工場で働く警備員の男の恐怖体験にまつわるお話で、生理的不快感をこれでもかというくらい脳内に注入される凄まじさがあります。
どちらのお話もとても怖く、両作品とも味わいは違えども、終わりない狂気と悪夢の世界に誘ってくれるガチ怖ホラーでした。
ホラー好きな方には絶対におすすめしたい一冊です。


「魚たちのH2O」
作者:孤伏澤つたゐさん
サークル:ヨモツヘグイニナ
買ったイベント:第24回文学フリマ東京

魚たちのH2O

気の遠くなるような時間の果てに、進化と滅亡を繰り返しながらゆっくりと淘汰されていく人間達。それこそ海の水に溶けるように静かに滅びに向かっていく世界が悲しく、そして美しく、繊細に描かれています。海から隔絶されたH2Oを持ちながら海に焦がれ海へ向かう四人の少年達の姿が切なくて愛しくて、なぜかとても懐かしい気持ちになりました。
「あまりにも美しすぎて何も言えない」が読んだ直後の率直な感想でした。まさに「語彙力をなくす」ってやつですね。
明け方にとても幸せな夢を見て、目覚めて、その夢の余韻と夢が終わってしまったことの寂しさを布団の中で噛みしめている……あえて抽象的な表現をするなら、そんな感覚に近い読後感を与えてくれる物語でした。


他にもご紹介したい本はたくさんあるのですが、ひとまず以上の5冊の感想を持ちまして、今年の私の読書まとめとさせていただきます。
来年もたくさんの物語と出会えることが今からとても楽しみです。 

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この一年間の自分の創作活動で感じたことのまとめです。
とても個人的な感想なので、あんま面白くないと思いますが。

<1月、2月>
・「赤目のおろく」を書く。
・「静岡文学マルシエ」に参加。

 昨年10月のテキレボで同人デビューし、すっかりこの世界にはまってしまいまして、テキレボの翌日に「静岡文学マルシェ」に参加申し込みをしました。
 そして、その後11月~1月の間に「赤目のおろく」を執筆。静マルに間に合わせることができました。今まで1万字前後の短編しか書いたことのなかった私にとっては、4万字の小説はかなり達成感がありました。
 また、製本にあたり同人活動歴の長い友人にフォトショの使い方を教えてもらい、その後の同人活動に大変役に立ちました。

おろく

「赤目のおろく」はいろんな意味で「自分」が出てしまっているので読み返す度に恥ずかしい思いをするのですが、今年の同人活動はこの本と一緒にいろんなイベントを巡ったので、結果的にとても思い入れの深い作品となりました。
 自分の作品を読み直すのは苦手なタイプなのですが、イベントが近づく度になんとか頑張って読み返しています。
 もし「赤目のおろく」をネットの投稿サイトにアップしていただけなら、私の性格だと、そのまま放置して読み返す機会はなかったと思います。
 本として手元にあり、それをイベントで誰かに手渡す。手渡すものだから、大切な思いと一緒にお渡ししたいから読み返す。
 こうした一連の流れから「自分の物語と真剣に向き合う」ということが初めて出来たような気がします。
 そして、ツイッターでも何度も呟いておりますが、今現在「赤目のおろく」の続編を執筆中です。「赤目のおろく」の執筆から一年、再び、自分の物語の中で英太郎や左之吉やお辰と出会えることに幸せを感じています。・・・・・・ちゃんと書き上げなくては。

<3~7月>
・スランプ期
・イベントにたくさん出る。
・ディズニー二次創作短編集「夢の音がきこえる」を製本。

 この期間、「赤目のおろく」に続いてまた長めの話を書いてやろうとして二作ほど執筆半ばでボツにしました。
 その一方で、ムーランの二次創作を二作ほど書き、そのうちの一作(「剣の記憶」)を過去のディズニー系の二次創作小説と合わせて短編集「夢の音がきこえる」をつくりました。
 私が小説を書き始めたきっかけがディズニー作品の二次創作ということもあり、この本も大変思い入れが深いです。

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 イベントは、テキレボ5(4月)、文フリ岩手(6月)、妖怪卸河岸(7月)、あまぶん(8月)に出ました。イベントの参加にだんだん慣れてきたり、顔なじみの方も増えてきたりでとにかく楽しかったです。

<8月>
・「うつろ祭りの海」をテキレボ公式アンソロに提出。

 アンソロテーマ「祭」に沿ったお話がなかなか考えつかず、一時はアンソロ参加は見送ろうかと思っていましたが、なんとか「うつろ祭りの海」を書けたことでスランプ期を脱せたように思います。
 ツイッター等で感想をたくさんいただけたこともモチベーションの追い風になりました。

<9月>
・「椿の海に眠れ」を執筆。

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「うつろ祭りの海」で「書く感覚」を掴めた気がしたので、その勢いに乗って書き上げた作品です。
 短いお話ですが「怪異を書く」ということを純粋に楽しめた作品でした。

<9~10月>
・「手児奈し思ほゆ」を執筆。

 テキレボ6の有志企画で「幼なじみ片思いMAP」をやることになったので、自分も幼なじみ片思い作品を書こうとしたのが執筆のきっかけです。結局テキレボには間に合わず、書き上げたのはテキレボの翌日でした。
「うつろ祭りの海」は虚ろ舟伝承を、「椿の海に眠れ」は千葉県東総地方に江戸時代まで存在した「椿の海」という湖にまつわる伝説を元にしていますが、「手児奈し思ほゆ」も千葉県市川市真間の手児奈伝説に基づいた物語です。
 伝説を下敷きにしている、という点で、私の中では「うつろ祭りの海」、「椿の海に眠れ」、「手児奈し思ほゆ」はなんとなくセットの三部作ってことになっています。

「手児奈し思ほゆ」はとても陰惨な物語です。手児奈伝説そのものが悲劇の美少女の悲しいお話なので、どうしてもダークな話にならざるを得ないのですが、書いていてほんとーに辛かったです。
 しかし、そんな辛い「手児奈し思ほゆ」の執筆を通して、私は「フィクションで悲劇を書く」ということに改めて向き合った気がします。
 ハッピーエンドの物語には、ハッピーエンドであることについての「理由」は要りません。登場人物が紆余曲折を経て幸せになることは作者も読者も嬉しいものでしょうから。
 でも、あえて「登場人物を不幸にする」という展開には、明確な理由、必然性が必要だと思います。なぜ彼らは、彼女らはこんなに悲しい目に遭わなくてはならないのか? それに対する明確な答えと覚悟を持った上で「悲劇」というものは書かれなくてはならない。「悲しい結末の方がストーリー的に映えるから」という理由で書くことは絶対にしたくない、と思いました。
 結果的に「手児奈し思ほゆ」という作品は「フィクションで悲劇を書く」ということに対する私なりのアンサーになったような気がします。

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「手児奈し思ほゆ」には、ひなたまりさんが美しいイラストの表紙を創ってくださいました。文フリ京都ではこちらの新装版を頒布しますのでお楽しみに!

<11~12月>

 上述したように「赤目のおろく」の続編のプロットをいじくり回したり書き始めたりしています。でも、改めて振り返ると、この二ヶ月大して書いていないし、書き上げた作品もないですね。不安になってきました。
 今年のスランプ期のこともあるので、長編を進めつつも短編小説はコンスタントに書いていったほうがよいかなぁと思ったりします。長編小説には憧れがありますが、今の時点ではやはり短編寄りの思考回路です。
 ネット上にもいろいろと短編向けのノベルコンテストがあったりするので、そういうのをモチベーションにして書いていけたらよいかも。

 今年一年、手探りながら同人活動をやってきて「スタンスが定まっている」「ブレない」との評をいただくことが何度かありました。
 自分では意識していないのですが、思い返してみると私が小説を書く時には「自分の文法」のようなものが私の中に存在していて、書きたいものがあっても「自分の文法」に沿わせた形にできないとどうしても書き上げられないんですよね。スランプ期にボツ作品が出てしまったのは、書きたいテーマを「自分の文法」にうまく合わせることができなかったからだと思います。
 逆をいうと、完成して他の方に読んでもらえる形にできた小説は全て「自分の文法」に沿って書かれたものなので、そのあたりを「ブレない」と言っていただけているのかなぁ、と。

「自分の文法」て自分で言っててめちゃくちゃ意味分からない言葉なんですが、ひざのうらはやお氏が提唱する「ごうがふかいな」と近似の概念なのかもしれません。

 以上、まとまりないですが、今年のまとめでした!
「彼が憎いわ」
 彼女は僕の前で涙声で呟いた。
 恋人に裏切られた彼女。僕は彼女の呪詛に黙って耳を傾ける。
 彼と別れたのなら僕と付き合ってほしい。そんな本心は押し隠し、彼女の相談に乗りながらゆっくりと距離を縮めよう。そして、そうだ、ささやかな贈り物をするのだ。彼女の怨みを晴らすことができるような素敵な贈り物。
 一週間後、僕は贈り物を鞄に入れて彼女と会った。
 意外なことに彼女は幸せそうに微笑んでいた。
「新しい恋人ができたの」そう告げられ、僕はせっかくの贈り物を渡せなくなった。
「あ、ゴミ付いてる」彼女の肩に絡まった一本の髪の毛を摘み取る。
 贈り物は自分で使うしかない。
 僕の贈り物は一体の藁人形と五寸釘だった。

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<あとがき>
以前、Amazonで藁人形と五寸釘の「呪いセット」が売られていたのを見つけてしまい衝撃を受けました。
Amazonだから当然ギフトとして他人に贈ることもできるんだよなぁ、と思ったのが発想のきっかけです。
実際に贈ったら嫌がらせ以外の何物でもないですよね。
 11月23日、文フリ東京に参加しました。

1)文フリ東京について

 文フリ東京は一般参加で何度か行ってみたことはあったのですがサークル参加は初めてです。

 私は去年のGWで、偶然、ツイッターで文フリ東京の存在を知り「ちょっと面白そう」と軽いノリで流通センターを訪れました。それが、創作文芸の同人の世界との初めての出会いでした。

 こんなに沢山いろいろな本を創っている人がいる!私もつくりたい!

 と思ったのが同人の世界に踏み入れるきっかけでした。
 それがこうして一年半後、本をつくる側になって流通センターを訪れることができた、というのは私としては本当に感慨深いことでした。

 あまぶんやテキレボは「書き手と読み手の出会いの場」としてとても洗練されているイメージのイベントですが、文フリの雰囲気はこの二つのイベントとも全く違っていて「何が出てくるか分からないおもちゃ箱」というようなワクワク感があります。
 このワクワク感が私は純粋に大好きです。流通センターの広大な会場をただ歩いているだけでも、たくさんの人がそれぞれ自分の思いの丈をこめた「ことばの集合体」を売っている、その空気感に触れることができ、テンションはだだ上がりです。

2)イベントでの出来事、頒布数など

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 今回は(今回も?)ホラー・怪奇ジャンルにいました。
 今年のイベントは遠征も含めて何回か出ましたがホラージャンルで出ているサークルはいつも結構少ない印象です。
 しかし、そこは文フリ東京!
 10を越すホラーサークルがずらりと並んだエリアは、ホラー好きにとっては本当に嬉しいものがあります。
 そして、その中の一画に混ざって自分の本を頒布できるということもまたまた感激です(私の作品がホラーか、と言われると微妙なところではありますが・・・・・・)

 頒布数としては、10月のテキレボに並びました。予想を大きく上回った頒布数でした。
 特に新刊の「手児奈し思ほゆ」は持ち込み分完売してしまい、新刊を買いにきてくださった方にお渡しできない、という事態になってしまいました。
 ありがたくも、来ていただいた方には本当に申し訳ありません。

 また、「手児奈し思ほゆ」については、ひなたまりさんが買ってすぐにイベント中に読んでくださり、さらに感想を伝えに私のブースまで再度来てくださいました。
 面白かったと言っていただけ、作品を気に入っていただけ、本当に作者冥利に尽きます。
 感激のあまり、ブースにいながらちょっと泣きそうになってました。

 さらにさらに!
 イベントの次の日に、ひなたまりさんがさっそく「手児奈し思ほゆ」のヒロイン手児奈のイラストを描いて送ってくださったのです!

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 手児奈の内に封じられた感情と仄暗さがにじみ出ているような、素晴らしいイラストです。
 本当にありがとうございました!

3)イベント後の打ち上げなど

 打ち上げでは、お隣の席がエブリスタの編集の方だったので「どんな作品が書籍化になるんですか?」などなど、いっぱい質問してしまいました。
 編集者という視点から見たネット小説のあり方等、普段なかなか聞くことのできない貴重なお話が伺えました。
「自分の書きたいこと、テーマ性を明確に持って、なおかつ人を喜ばせる小説であること」の大切さをお話されており、心に残りました。
 アマチュアで同人活動をしている立場としても、人に読んでもらいたい、と思うならばそういう意識は大切にしなければいけない、と個人的に感じます。
 まぁ、今のところは「自分の書きたいことをちゃんと書く」という段階でかなり四苦八苦していますが・・・・・・。

 帰路のモノレールでは、ナイトランド・クォータリーという幻想怪奇・ホラー小説の商業雑誌を発行しているアトリエサード代表の方と、ホラー小説についてお話することができました。
「ホラーは人を怖がらせるだけのものじゃない、人に希望を与えるものです」ということをおっしゃられていて、本当に深く心に沁みました。
 ホラー小説で描かれる恐怖や絶望的状況は時に残酷で悲惨でもあるけれど、その向こうにあるものを考える時、読者は自分の心の奥底と向き合います。そして、そこで見つけられるものは案外、暖かくてやさしいものかもしれません。そういう深みのある「あたたかい恐怖」と出会うことがホラー小説を読む一つの醍醐味なのだと改めて思うことができました。
 スティーヴン・キングの「霧」をおすすめしていただいたので、近々読んでみようと思います。

4)最後に

 さて、今年のイベントは今回の文フリ東京で最後となります。
 「本をつくる」という活動を通していろんな方と知り合うことができ、小説を書くことばかり考えていた一年でした。

 次は来年一月の文フリ京都になります。
 あまり売れないだろうと思って少部数しか刷っていなかった「手児奈し思ほゆ」ですが、文フリ京都までに増刷しようと思います。
 また、ある方から大変嬉しいお申し入れを受けましたので、後日、ツイッターやブログで改めてお知らせしようと思っております。

 それでは、少し早いですが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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